子供たちと接触する時間が少なかったのです

子どもの前で決してやるべきではない。

もちろん、やめなければならないと気づいてもすぐにはやめられません。
もうそれが習慣になっているのですからでも、せめてそれを言いそうになった時、言い方をこう変えてみることからはじめて〈ださい。子どもの前で「言われても平気で聞き流す癖が身についちやったのは、空返事ばかりさせすぎたせい。親が間違ってた」
と、ぽつんと言いきりにするのです。
これは、子どもに分からせようとすることばでなく、しゃんと自分に言い聞かせて、自分自身が深くうなずくべきことばなのです実際、自分ではっきり口にしてみると、子どもも「おやつ、どうしたのかな?
案外と自分自身がドキンとしますよ母さん、なんだか違ったことを言ったぞ」
と気づいて、いつものように聞き流しておれず、ふと新鮮な気持ちが心によぎったりします。
先生に教えられたというこの言葉をすべて

悪い習慣から抜け出すコツは、抜け出そうと心に誓った以上、その後すぐ誓いを破って元の習慣に戻ったからといって、自分をいちいち責めないこと。そのことが肝心なのです。
何度も何度も元に戻り、また何度も何度も繰り返すことが、肝心なのです。
悪癖から抜け出すには、悪癖から抜け出そうという努力の営みを、それこそそれがよい習慣になって身につくまで回を重ねていけばよいのです。誓いを破る回数より一回だけ多く誓いをたて直すことです。まさに七転び八起き
をたて直せばいいのです。七千回転んだら七千と1回起きるのです。習慣は、続けるうちに自然と身につくものだと確信し直しておくことでしょうか。
七回誓いを破ったら、八回誓い

学校でのでき事


母親が乗ってきた。

「私の言うことなど聞いたためしがない、と思っていたのに、あれ、宿題やったんだ。たとえ1題でもそれ、やったのね。へえ、やるじゃない。九題のうち1題でも、やったのはやったこと。あなた、やってるわよ。聞いたためしがないなんて、もう言わない。一題で..。
少しずつ変えればいいのよ。
少しずつ、自然に」
たとえほんの少しであってもプラスをプラスと認めることを、親自身が習慣にすることですね。それで、親も子もがうれしくなっちゃいますね。心にうれしさがふとにじむことが、気付け薬。これほどよく効く薬は他にありません。
子どもと過ごす時間の少なさを埋めあわせよう

子どもにやらせる

発育の遅れだと心配した時

いらだたせ、落ちこませた以前、こんな相談がありました。
姉二人はそんな心配などありませんでした弟はそれに比べると、明らかに違うのです。ことばが遅い。一歳半になってもカタコトすら言いはじめない。その頃は、まだ気にもとめていませんでした。
11歳になっても、ニコニコしているばかりで一向にことばで何かを伝えようとはせず、いささか気になっていました。しかし、保健所の三歳児健診ではさほどの異常はない。ことばの遅れについては様子を見ましょうということでした。
至ってのびやかな表情で、二人の姉たちの陰にいつもくっついていて、親もつい心がほころぶ思いでしたが、あまりにもことばが出ないので次第に気がかりになりました。


先生たちだけの運動会をしよう。

子供にもページを見せながら最初

何か刺激を与えなくてはならないと
おはようは?
ありがとう、と言うのよ
と、家族の誰もが執拗に声をかけるようになりました。それでも一向に効果がないものだから、ますますいらだちや不審や軽蔑や心配が募りました。するとこの子のにこやかさがともすればかげりがちになって、むっつり不機嫌で余計に押し黙る感じになってしまったのです発達の大きな個人差私は以上の経過を聞いて、あせらず待ってみなさいとすすめました。
やがて、母親が涙ぐんでやってきて、三歳十カ月になったある日、「カタコトを言ってと誰もが大声をあげたほどの一語文を、いったん出はじめると、たちまち二語文になり、る」
劇的にしゃべりはじめたというのです。
ことばの羅列ばかりで助詞などが欠落こそしていますが、数語で構成された表現にまでわずか数週間で成長したのでした。
発達速度、発達のきっかけなどには、ぎないことです個人差がすごくあるようですね。
あまり気にしす育児書などの標準や平均値に比べて遅い早いと一喜一憂しすぎるのは、わが子の成長の自然なリズムをこわしかねないのです。
学校のものと通信

子どもをぎゅっと抱けなくて悩んだといいます。


子どもと距離があるぶん理性的な接し方をする

そのこと自体が学習障害LDや注意欠陥多動性障害ADHD自然にのびのび子どもらしく、と心がけているのに、平均的な順調さで成長しない子ど軽度の発達障害を持っている場合がもの中には、ありますしつけや家庭環境のせいとはいえない、図形を捉えるのがどうも遅れている、とか、学校へ行くようになっても、どうも文字が覚えづらい、遊びのルールが守れないという子どもの中には、専門の療育士が診ると、少し学習障害LDがあるとみられる子どもがいます。一定の場所に落ち着いているよう命じると分かったと了解するものの、部屋を出てしまったり、変な高い所に上がってしまったりなどの注意欠陥多動性障害ADHDがみられる子。あるいは知的に高い能力があると親に目を見はらせるわりに、本がいっまでも読めないとか、答えても答えても同じ質問を繰り返すとか、相手が誰であるかに関心を示さないなどの、少し自閉症気
味の子どももいます。
そういう子どもを悪い子いけない子とみなして、善悪の道義をわきまえさせようと、やたらと言い聞かせ、きかないと叩くとか、何か罰を与える。ところが親がやっきになると、親のその異常さがかえって子の落ち着きのなさを高めるだけなのです。

  • 先生のいいところをほめること今
  • 母親の態度がたせるのですね。
  • 子どものとき引っ越したからなぁ

子どものしている

母親をチラリと仰ぎ見て幼児は意外

その半分のやれ!
曽々しく。
すぐには飲み込んでやるな」
私のことばの調子にのって、どまるでなかったのに。
その子はほんの小さな一片を口に入れました。
食べる気な口に入れた途端うん、この感じ。これがいやなんだよな。夏の調子の悪い時に、なったのが嫌いになったはじまり……

それじゃ、それまでは食べてたんだ?
栄養があるって押しつけるから、食べたくなくなったんだ
林間学校で、ウッとそう言いながら、もう少し大きい一片を続けて口に運んでいました。
今日は、ニンジンとの、歴史的な和解の日だね
と私がもったいぶると
どう、記念に写真撮る?
こだわりをなくさせることが、と気楽なノリで私のはぐらしに乗ってきました。
子育ての態度が辛口なのです。

子どもが甘えて親に近づいたり泣いたりして
子どもが甘えて親に近づいたり泣いたりして
子供にはわからないのです。
子供にはわからないのです。


子どもにそれだけの能力や適性がない場合

子どもの胸には響きません。

ポイントなのですね大切な
身の回りの整頓のコツやり慣れたことがやり慣れるいいことでも悪いことでも、やり慣れたことはやり慣れていきますね。
そりゃもう、本当にそうですね。
ある時、すごいスピードの出そうな赤い外車が私の車の前にさっと割り込んで来た。見る間に運転席の窓がするする開いて、ぽんと勢いよく長い目の吸い殻がはじき飛ばされる。
あれあれ、とその慣れたあっけらかんとした態度にあきれることなどが再三ですね。そんな癖の主が素敵な車を乗りとばすいい歳をした紳士である、なんてことはしょっちゅうあることです。吸い殻一つ、そんなゴミなんて大げさなものじゃない、と気にもとめない習慣が、知らず知らずのうちに身についてしまっているのでしょう。
咎められるのが慣れになると日常の物事の始末のつけ方が身についているのといないのとでは、あとあとの差の広がりはとても大きいものです。うがいひとつでも、いい加減にして喉の奥のいがらっぽいのを残したままにしておかずに、ゴロゴロゴロッとからんだ痰を起こして勢いよく吐き出すうがいのやり方をしっかりやり慣れておくことが、風邪の予防にもなるというものです。

育児と主婦業の忙しさ。

高校生になれば少しはものが分かってき注意する時に、子どもの心にしゃんと届いてはいないいい加減な注意のしかたをしていると、そう言われるたびに聞き流すことに慣れてしまいます。親としてはすべきことがちゃんとできないので、一回一回そのたびに、
どうしてできないのよ?と咎めるわけですが、そうすると、いつのまにか咎められても平気で無視していられる子になってしまうのどたんのです。
時々、親は、自分とわが子の関係について、意外と粗雑な悪い慣れができてしまっているのではないかななどと反省し、捉え直すべきは捉え直しておく必要があるようです。
これこそ習慣習うより慣れよですからね。
中学生ぐらいになってからでは、身の回りの整理整頓ができないのが気になって、親がくどくどそれを非難しても効き目はありません。むしろ逆効果で、
うるさいなあ。言いたい者には言いたいだけ言わせておけ!
という反発ばかりが盛んになりかねないですね。
子育ての態度が辛口なのです。伸びるように変わっていきました。·いつの間にか手も体も動かしている身の回りの日常的な整頓のくせが、どうも身についていないな、と気づいた時、もしもいささかの時間を子どもと共有できるなら、さあ片づけなさいと声をかけて片づけだすのをいらいらしながら待つというのでなく、
片づけねばと気にかけながら片づけそびれている様子だと見てとって、あっさりと声を出すと同時に手も動かす。「これをこう片づければ、すっきりするね。はい、これをこう置いて、これを重ねて」といったように。ここは教え導きさとす語調ではなく、唱い出すような軽いノリでさらりと。すると子どもはうんうんそれだよとこちらのリズムに合わせてひょいと軽く投げてよこす。それを受けて、置くべきところに置いて、さあ、これで片づいたね。

いじめているという感覚はないのです

あ、これもそうそうと、こちらが声を出したら、それに乗って本人がせっせと、いつの間にやら手も体も動かしている。そんな空気が大切ですね片づけなさいと命じてもはかばかしく動かない子に、どうして、さっさとしないのよとなじり声をかける。それがいつもの習慣になる、というのが、下手なの教育
の失敗例。
共働きで、朝など特に時間がないとぼやくお母さんが早く早くとせき立てるのが常になっていて、それを聞くとかえってもうなにもかもやる気をなくす習性を子どもにつけさせてしまっている例は多いですね。
母親の第二の仕事


子ども集団の中で問われてくる。

子どもには自当たり前のことですが机の上効率の悪いことこの上なしではありませんか。
ごたごた言わないで、親が自分からあっさり動き方を示して、それにいつか乗せてしまう。実際に行動のプラス体験を味わわせてしまう。それは、空気で伝えるノリのよい示し方です。整頓するのが快いという快感の実際を身につけさせてしまうことが、第一なのです。心にプラス感覚のノリのよさがしみついてしまえば、つまりそれが身についた習性になるということですね。
あとで、
ほら、こうしてうまくやれば、とっても気持ちがいいでしょう。
てとっても気持ちの悪くなるような蛇足はいらない、いらない。
どう?
なんなにごとも上等なものは口にいっまでも残る味の余韻が身上ですね。
早寝早起きの習性と睡眠時間自然の摂理と習性何十年来の相談の仕事で、わが子の日常が気になるという親の話を聞き続けているのですが、
子どもが起きられなくて、朝が苦の種だという相談がとても多いですね。