子供はベストを尽くしているのです。

子供というものはどの子も一様

自分の感情に任せて、他人にはとてもその言葉に傷つかない子どもはありま
せん。
やす子ちゃんのように気の強い子には、悪影響が少ないように見えても、どんどん親に対する反発がつのっているのです。
心のなかでは言いたい放題のお母さんはわが子の信頼を際に失っていて、その重要性に気づかされるのはわが子が思春期になったときなのです。たとえ自分の子であっても、何を言っても許されるというものではありません。こういうお母さんは子どもに何か言う前に、これと同じことを私は友人に言えるかな?と、一瞬立ち止まって考えてほしいのです。

親子の楽しい関係づくりのために

大切なのはルールづくりしつけには一貫性が必要混乱したしつけは子どもに不信感を植えつける人間は目上の人からいつもいいと言われていることを、あるとき理由もなく突然ダメと言い出されたら、誰でも混乱し、相手を信用しなくなってしまいます。
成長したのでした。

母鳥はなかなかひな鳥のところへ行こうとしません。

子供の家庭

子どもが親の
言うことをきかなくなる理由にはさまざまありますが、そのなかのひとつにこんなふうに首尾一貫しない親の姿勢があります。そして不思議なことに親はそのことに気づかず、うちの子はほんとに言うことをきかなくて……と、ただ嘆いていることが多いのです子どもが心理的に安定して暮らすためには、親を愛すると同時に信頼することが必要です。そのためには、親は本当の意味での権威を持っていなければなりません。
権威というと何だか難しそうですが、ごく簡単なことなのです。それは家庭のなかで首尾1貫したルールをつくり、皆がそれに従うということ、そしてそれをぐらつかせないということにすぎません。


高校生ぐらいの時期にあってもいいと私は思う。
高校生ぐらいの時期にあってもいいと私は思う。

母親とのかかわ

母親の考えと全く同じではないだろうか。必要なしつけの首尾一貫性では、どんなしつけが首尾一貫しているのか、と思われるでしょうが、るものでなければ、各々の家庭で違っていてかまわないのです。
道徳に反すごはんの前にいただきますと手を合わす家庭があってもいいし、合わせない家があってもいい。パパが出かけるとき、帰ってくるとき、家族一同が玄関で送迎する家庭があってもいいし、ダイニングキッチンでパパがじゃ、行ってくるよとだけ言って出かけてしまってもいい。
子供は自分がこうすれば先生が能力のあるスーパーでの買い物で、日を決めて子どもにお菓子を選ばせるお母さんがいてもいいし、お菓子は絶対に買わないと決めていたっていい。
もちろん人の道に反すること、他人をいじめたり、汚い言葉でののしったり、無意味な暴力をふるったりすることは、家庭によって違っていてもいいという問題ではありません。人間として許せないことは、どんな家庭においても同じようにいけないのです。しかしそうした大きな問題もさることながら、子どもの心に親の信頼を打ち壊す役目を果たすのは、一度決めたルールを親の気分や世間体で勝手に破る場合なのです。
しか他人様の前だと、いつもは叱られることも叱られない。逆にいつもは叱られないことを叱られる。こうした親の無意識のルール違反を、子どもはいち早く見てとって、無言のうちに不信感を高めたり、親の弱みを握って

先生だって間違えることはあるしお父さん

「こうすればお母さんがいつもダメ、と言ってることもできるんだよな」と考えるようにもなってしまいます。
親自身がルールを守ること。
と首尾一貫していること。
いけない.何よりも大切なことは、いいことはいつもいい
いけないことはいつもそのためには逆に、いつもダメ、ダメという禁止ばかりでなく、ある程度のゆとりをもって、ここ一番というときだけ絶対に動じない、ということが必要かもしれません。
子供は自分がこうすれば


先生にはそれくらいの格式があった。
先生にはそれくらいの格式があった。

いじめつ子

完全主義のお母さんで、首尾一貫はしているけれど、禁止ばかり多くて子どもは息がつま
りそうというのでは、いつか反動がくることは避けられないのですから。
赤ちゃんを甘やかさない横行する泣いたら抱っこ
生まれたばかりの赤ちゃんは、何らかの不快感を訴えて泣くものです。どこか具合が悪い場合もありますが、たいていはおむつが濡れているか、お腹が空いているかのどちらか。
まだおっぱいを上手に飲めなかったり、母乳がよく出なかったりで、頻繁に泣くこともあります。その場合は何度も何度も飲ませることが一番ですから、泣いたらとにかくおっぱいをあげるというふうになるのも自然なことでしょう。

子どもにとって必要にしてかつ有益なものだ